About WOS

【World of SPYって?】

国も、音楽の好みも、性格も、タイプも、経験も全然違った三人の集まり

メンバーはSean, Patrick そしてRuth。この三人が集まってひとつの音楽を作り出している

(社団法人) 奈良市観光協会・後援

戸田彬弘監督(チーズfilm)とのコラボレーションMV“恋都”も遂に完成!

 【World of SPYのヒストリー】

2004

SeanとPatrickはシンガポールに住んでいた時代(二人とも、シンガポールのアメリカンスクールの出身)に一緒に”The Old Kings”とゆうフォークロックのバンドをしていて、10代のころに4枚のアルバムをリリース。高校を卒業し、お互いアメリカの大学にいって、別々の音楽の道を歩むように・・・・

2005

RuthとPatrickがアメリカのテネシー州にあるベルモント大学を通じて2005年に出会う。初めて出会ったときは、お互いにミュージシャンとも知らずに普通に意気投合。実は、お互いにミュージシャンだってことを知ったのは、何日も経ってから・・・!

2006

RuthはKIEという名前でアルバム“Tokyo EP”を発表。この製作が今のWorld of SPYへとつながる大きなきかっけに。このアルバムに収録されてるTokyo Nightsはなんと、The Old Kingsの作品。RuthとコラボレートしたいというThe Old Kingsからの要望で、東京でレコーディング。そして、このアルバムの中にある“Don`t Go Away”のアレンジをSeanが担当。この時点ではRuthとSeanは顔見知りでもなく、インターネットを通じて会話、仲介にPatrickが入っていたかんじ。

2007

RuthとPatrickがニューヨークに遊びに行き、そこに住んでいたSeanを訪れた。PatrickとSeanの久々の再会にRuthも同席、そして彼女にとっては初対面した。マンハッタンにあるドイツ料理のソーセージがおいしいところで。Ruthの友達も日本から来ていて、楽しい夜だった。この夜、 PatrickとSeanは今後新しいプロジェクトをはじめることを話し合った。Seanのプロデューサー・アレンジャーの才能・ Ruthのパワフルなボーカルと歌詞、そして Patrickの作詞作曲能力。こうやって、World of SPYがなんとなく(?)動き出した。

2008

PatrickとRuthが曲を書き溜めた。Ruthはサンフランシスコで学校で音楽の先生をしてたころ。そして、ここでの問題はもちろん“どうやってレコーディングするの?”。Seanはサンフランシスコから6時間かかるニューヨークに住んでいるし、Patrickは飛行機で5時間のアトランタとサンフランシスコの行き来。じゃぁサンフランシスコで!Seanはスーツケースに詰まるだけの機材を詰めて、飛行機に 乗り込んでサンフランシスコへ。朝の便でSeanがサンフランシスコ国際空港へ到着、そして夜の便でPatrickが到着、忙しいレコーディングの週末が始まった。約3日間で、アルバムの約半分のデモとボーカルトラックを終了、サンフランシスコの霧の中で。これをショーンがまたスーツケースに詰めて持ち帰り、彼の地下スタジオで大事に大事に育てる。

でも、まだ半分の曲のレコーディングが終わってない・・・

シンガポールへ!Patrickはシンガポールで11歳から19歳まで育ったから、彼にとっては地元にかえるようなもの。これが2008年9月のこと。

12月・1月は、ホリデーシーズン、みんな里帰り。そこで里帰りするのはSean。彼はシンガポール生まれ、シンガポール育ち。もちろん家族はシンガポールに今も住んでいて。こうやって、残りの半分を録り終えることに。World of SPY、再会。

2009

またニューヨークに戻ったSean。さらに半年かけてミックスとアレンジに費やす。ここで仕上がったのが、今みなさんに届けられているWorld of SPYのファーストアルバム、World of SPY。アルバム発売ツアー

2010

三人揃って、日本での活動を本格的に開始。奈良のタウン誌ぱーぷる、そして奈良県出身の若手注目映画監督、戸田彬弘氏によるDirectingにより、楽曲『恋都』のMV完成。

日本に限らず、海外へのPRも精力的に行う。

【Songs】

アルバムの中に収まれいている一つ一つの曲が、World of SPYの個性を表している。いったい、自分たちは誰なのか、どういうミュージシャンなのか、どんな音が好きなのか、なにを信じてるのか・・・ 正直な歌。そして、ミュージシャンシップ。それがWorld of SPYのワールド。

2005 (作詞作曲 Ruth)

“この曲はわたしにとって本当に特別な曲。なにも難しいこと考えずにピアノを弾きながら作った。わたしの思いそのもの。そして、こんなゴージャスなアレンジを施してくれたSeanに本当に感謝!彼のアレンジセンスが光る一曲です。” -Ruth

恋都  (作曲Sean・作詞Ruth)

“この曲はわたしの街、奈良を思って書きました。奈良を離れて何年か過ぎたけど、自分は奈良ってところの出身だ、奈良にはこんな歴史があるんだって胸をはって世界中の人に言ってきました。日本を離れても、帰ってくるところがいつもあるって本当にいいこと。初めてSeanが作ったこの曲のデモを聞いたときに、日本語で歌うには最高なメロディーだって思った。すぐ奈良の風景が浮かんできた・・” -Ruth

Coming Home (作詞作曲 Patrick)

“仕事のあとにComing home(家に帰ってくる) するのはいい気分、だからその気持ちを歌った。ギター弾きながら、歌詞を思い浮かべて作った曲。忙しい街を歩きながら暖かい家に向かう、そんな気持ち。サンフランシスコって、霧が多いし外は年中寒いんだ。、家に入ったときのかんじって心地いい。それを楽しみながら、歩いてドアに向かう。そして、気分がいいときは歌を歌いたくなるもの。そんなときにこの曲!” -Patrick

Something Real (作曲 Patrick, 作詞Patrick& Ruth)

“この曲は僕がはじめは英語で書いた曲で、日本語と英語のコンビネーションが欲しかった。バース(Aメロ)のところでどうしようか迷ってて、Ruthの助けを借りた。この曲は、この世の中でどれだけの人がなにか本当のものを探してるのか、それがものではなくても、本当の関係だったり、信頼かもしれない。いろんなところにある嘘と本当、自分の気持ちが嘘なのか本気なのか。そんなことがメッセージ。” -Patrick

Still Did Always (作詞作曲 Sean)

“この曲は、僕が何年も前に書いた曲、レコーディングもして、ニューヨークいろんなところで何人かの人に聞かせたら、ポップスすぎるって言われてね。それをPatrickとRuthにも聞かせたら二人とも凄く気に入ってくれたんだ。Patrickは何度も僕のアルバム(I Hate This Place)にいれることを勧めたけど、僕はそうしなかった。そして、World of SPYのアルバムの製作ミーティングでPatrickが『この曲をアルバムにいれる。Ruthが歌う。』って言ったんだ。このアルバムの中で唯一の英詩の曲だけど、Ruthは見事に歌ってる。彼女は日本人の英語のアクセントがほぼないんだ。珍しいよ。このアルバム用のレコーディングでは一番苦労した曲でもあるね。でも、三人で意見出し合って、それがレコーディングの醍醐味でもあるね。 ” – Sean

【プロフィール】

Ruth(ルース)   リードボーカル/ソングライター   

影響を受けたアーティスト  Faith Hill(カントリーシンガー), Evanescence, DIXIE CHICKSなど

奈良県出身、大阪音楽大学ポピュラーボーカルコース卒業。現在はアメリカ-シンガポール-日本-フィリピンー台湾などを行き来する、日英バイリンガル。2006年にKIEという名前でアルバム“TOKYO EP”をリリースし、パフォーマーとしても盛ん。その音楽経歴地は、関西・東京・ナッシュビル・サンフランシスコ・シンガポールへと及ぶ。日本で歌手、またメジャーアーティストのバックグランドボーカル、聖歌隊員などの活動のあと、向かったのはカントリー音楽の街である米国テネシー州ナッシュビル。カントリーシンガーのフェイスヒルや、ポップスターのクリスティナ・アギレラなどのボイスコーチであるレネー・グラント・ウィリアムスの師事をうけ、彼女からは「Ruthは神様からギフトとしてその声をもらっている」と、とくにその声に好評を得る。ナッシュビルにある大手BMIミュージックにアポなし飛び込みでオリジナル楽曲を持ち込みディレクタールームで直接聴いてもらうなど彼女の持ち前のスピリッツはあらゆるところで発揮される。ナッシュビルでパフォーマンスをしていた際、グラミー賞受賞歌手CeCe Winansなどをも手がけるディレクターであるロジャーライアン氏が彼女の歌声に惚れ、彼のスタジオに招待される。サンフランシスコ・ベイアリアでは、カリフォルニアの公立・私立の学校で各種音楽クラスを担当するなど、音楽の中でも多色な経歴をもつ。シンガポールのORPCのクワイヤー員でもある。 2006年から一年間インターネットラジオのパーソナリティをつとめ、関西弁でのトークはライブでも好評。

 

Sean (ショーン)   プロデューサー/アレンジャー/ソングライター/キーボーディスト

影響を受けたアーティスト  Nine Inch Nails, The Postal Service, Roxetteなど

シンガポール生まれ、シンガポール育ちのアメリカ人。アイルランド系アメリカ人の父親とフィリピン人の母親をもつ。ニューヨークシティーカレッジの音楽科卒、専門はレコーディング。彼自身、エレクトニカのI HATE THIS PLACE(http://ihatethisplace.net)でもある。これについては日本のMedia FactoryのXTAL Recordsと独占契約を結んでいて、6枚ものアルバムをここ三年でリリースしている。彼ならでのサウンドは彼本人がその存在も知らなかったミクシーのファンコミュニティーで420を超えるファンを無言で惹きつけ、日本各地のHMVなどでは試聴機にも多々置かれ、好調なセールスを記録中。日本のみではなく、アメリカ、シンガポール、またヨーロッパでもセールスをもつ。アメリカのVH1の創始者、そしてアメリカのMTVの元CEOでもあるEd Bennettのスタジオ、Bennet Media Studios、そしてCulture Catch.comで経歴を重ね、彼のテクニックとクオリティーは、紛れもない世界レベルである。

 

Patrick (パトリック)   リードボーカル/ギタリスト/ソングライター 

影響を受けたアーティスト  Nick Drake, I Hate This Place, Jay Chouなど

アメリカ生まれ、日本・シンガポール・アメリカ・中国・香港・イギリスetc…育ち。10代前半でレコーディングやパフォーマンスをはじめ、作詞作曲に没頭。16歳で初めてのCDをリリース。シンガポールのポップフォークバンド、The Old Kingsのリーダーでもあり、1999年から2005年に四枚のアルバムをリリース。2004年には、ガレッジバンド.COMでの最優秀男声ボーカル賞を受賞。幼少のころからTVリポーターやミュージカルなどの出演もこなすエンターテイナー。英語を母国語とし、中国語も日本語も話すトライリンガル。アメリカ、テネシー州のベルモント大学では音楽ビジネスからインターナショナルビジネスと幅広く知識を習得し、かの有名なベルモントクワイヤーの中国大陸ツアーにも同行。過去に7ヶ国(アメリカ、日本、中国、香港、イギリス、フィリピン、シンガポール)を住み渡った彼だからこそ生むことのできる、豊かなメロディーと広い歌詞がこのWorld of SPYの大きな柱ともなっている。